終末、ホテルに集まるのは、誰かを守れなかった連中ばかりだ。
『アポカリプスホテル』。原作のないこのアニメは、ただのサバイバル劇じゃない。
ここには「後悔」と「救済」が同居している。
だが待て──。原作がないはずなのに「漫画」がある? しかも“ぷすぷす”?
この世界には、公式よりも“やさしい絶望”が描かれていた。
アニメと漫画、その両方を覗いた時、本当の「崩壊」が見えてくる。
- アニメ『アポカリプスホテル』が原作なしで制作された背景
- スピンオフ漫画『ぷすぷす』の魅力と本編とのつながり
- 単行本発売情報と作品世界に込められたメッセージ
アニメ『アポカリプスホテル』は原作なしの“終末オリジナル”
原案:ホテル銀河楼管理部、監督:篠田みさき
「原作がない」──この事実が、最初は少し不安だった。
どこかで見たような終末世界。大破した都市。自律型ロボットたち。そして“ホテル”という閉じた空間。
物語の舞台設定は、よくある「終わりのあと」の風景だ。だけど、この作品は違った。
細部にあるのは、誰かが「愛したもの」の痕跡ばかりだった。
監督・篠田みさきの描き出す世界は、文明の残骸ではなく、記憶の避難所としての終末を提示していた。
原作なしの意味──想像で補う余白の美学
アニメ『アポカリプスホテル』には、原作漫画が存在しない。
つまり、視聴者の目に映るすべてが、「いま、ここで」提示される物語そのものだ。
だからこそ、過去は語られすぎないし、キャラクターの感情も断片的だ。
でも、そこにこそ余白が生まれる。
たとえば、ホテルに佇むロボットたちがふと見せる表情──そこに、人間よりも人間らしい“未練”が宿っているように思えたのは、なぜだろうか。
終末×ホテルという“静かな狂気”
終末の世界で「泊まる」という行為は、もはや現実逃避ではない。
むしろ、それは“まだここにいたい”という、どうしようもなく未練がましい祈りだ。
壊れた都市に取り残されたホテル、その中に「宿泊する」ことの意味。
それは、「死んだ誰か」に会いたくて立ち止まってしまった人たちのセラピーであり、時間に抗う最後の営みだった。
この狂気とやさしさのあいだに揺れる感覚──僕たちがこの作品に惹かれてしまう理由は、きっとそのせいだ。
コミカライズ『ぷすぷす』──破滅世界の日常系という逆説
竹本泉の“やさしい目線”が描く、アンドロイドたちのひととき
『ぷすぷす』というタイトルを見たとき、正直に言えば拍子抜けした。
「終末世界」と「ぷすぷす」。その組み合わせがあまりに可愛らしすぎて。
けれど読み進めるうちに、それがただのスピンオフじゃないことに気づく。
竹本泉が描くのは、廃墟で暮らすアンドロイドたちの、ごくささやかな日常。
掃除、散歩、昼寝、そして誰かとのさりげない会話。
死が支配した世界で、彼らはあえて「生きることをあきらめていない」のだ。
やさしい線、緩やかな空気、そして声なき癒し。
これはただの癒し漫画ではなく、“断絶のなかに咲く希望”の物語だ。
なぜこの日常が刺さるのか? 不条理へのアンチテーゼ
終末という設定は、いつだって“非日常”を描くための舞台装置だった。
でも『ぷすぷす』はその真逆をゆく。
命が当たり前に消えていく世界で、それでも「お茶を淹れる」こと。
荒廃の中に花を飾ること。
それは不条理に対する、最も無力で、でも誠実な抵抗なのだと思う。
アニメ本編では描かれなかった「その後」や「その間」が、ここでは静かに繋がっていく。
読んでいるうちに気づく。この漫画は、誰かに手を引かれて「戻ってきた感覚」があるって。
第1話〜最終話まで完全無料、だが“笑い”の裏にある痛み
2025年4月から連載された『ぷすぷす』は、現在ストーリアダッシュにて全話無料公開されている。
更新は毎週金曜、全12話。最終話は2025年6月27日。
どこか“ゆるくて笑える”と思わせておいて、ふとしたセリフが胸に突き刺さる。
「この花、誰に見せたかったんだろう」──そんなひと言が、不意に記憶をえぐってくる。
だからこそ、この漫画はただの“息抜き”では終わらない。
壊れてしまった日常の、その続きを想像させる“静かな続編”として存在している。
原作がないのに漫画がある──“公式”の二重構造を読む
『ぷすぷす』はスピンオフ、でも本編の“裏側”にも通じている
「原作なしのアニメ」から生まれた『ぷすぷす』という漫画。
その存在は、いわば“副産物”のようにも思える。
けれど読み進めるほどに感じるのは──これは本編の「もうひとつの心臓」だということだ。
アニメでは語られなかった時間。沈黙していた感情。
それを竹本泉の絵と言葉が、そっと拾い上げていく。
例えば、ある登場人物の「機械的な笑顔」の裏にある動機。
それは『ぷすぷす』を読むことで、ようやく温度を持って理解できる。
本編が「生と死」を語るなら、漫画は「生きたあとに残る気配」を描いているのだ。
原作改変ではなく、公式のもうひとつの顔
世の中には、「原作と違う」ことを批判されるコミカライズも多い。
でも『ぷすぷす』は違う。
これは“本編を歪める”のではなく、“裏側に光を当てる”試みだ。
公式が「二重構造」としてこの漫画を出したこと自体が、物語の余白を尊重している証だと思う。
アニメだけでは語りきれなかった“感情のしずく”を、漫画という器に注ぐ──。
そういう形の「共同作業」がここにはある。
だからこそ、これは「別物」じゃなくて「共鳴」なんだと思う。
この二つの媒体をあわせて読むことで、ようやく『アポカリプスホテル』という物語は完成する。
単行本は2025年7月7日発売──紙の重さが伝える余韻
価格・ページ数・収録話の詳細
2025年7月7日。『アポカリプスホテルぷすぷす』の単行本が発売される。
価格は税込814円、A5判・フルカラー、全12話を完全収録。
加筆ページや描き下ろしイラストも掲載予定で、表紙は竹本泉による特製描き下ろし。
電子版も同時配信されるが、やっぱり“紙で持ちたい”と思わせるのが、この作品の余韻だ。
書籍で読む意味──データに残らない「空気」
ウェブ連載をリアルタイムで追っていた人も、たぶんこの単行本は手元に置きたくなる。
なぜなら、これは「情報」ではなく「記憶」に近い作品だからだ。
画面越しには掴みきれなかった細部──ページの余白、色のにじみ、描線の温度。
それらは、紙になって初めて“遺される”ものになる。
廃墟の中で拾ったメモみたいに、手のひらに残る重さがある。
この世界がもし終わってしまったとしても、この1冊だけは残っていてほしい。
そんな風に思わせる本は、そう多くない。
なぜ“アポカリプスホテル”は語られ続けるのか
キャラも、都市も、心も、壊れてなお「泊まる」理由
このアニメを見終えたあと、多くの人が言葉に詰まったまま佇んでいた。
ストーリーが難解だからでも、設定が複雑だからでもない。
ただひとつ──「壊れてしまったもの」たちへの敬意が、静かに突き刺さるのだ。
文明は崩壊し、街も機械も人もボロボロになって、それでも誰かが「ここに泊まっていく」。
その理由を、理屈では説明できない。
でも、きっと私たちの中にもあるのだ。
置き去りにした感情、終わらせきれなかった関係、あのとき言えなかった一言。
それらが、この作品に「まだそこにいてもいい」と語りかけてくれる気がする。
「絶望のあとに来るもの」を、あなたは信じられるか?
終末を描く作品は数あれど、『アポカリプスホテル』ほど“その後”を誠実に描いた物語は少ない。
絶望で終わらず、希望で締めくくらず、その間にある「何かを抱えたままの静けさ」。
このアニメと漫画が残したのは、ハッピーエンドではない。
それでも、「それでいい」と思える安らぎだ。
あなたの中の“壊れたままの何か”に、この作品は寄り添ってくれる。
だからこそ──アポカリプスホテルは、語られ続ける。
それはフィクションの中にしかないけれど、“いま”を生きる私たちの現実に、一番近い場所にある物語なのだ。
- アニメは原作なしの完全オリジナル作品
- コミカライズ『ぷすぷす』は竹本泉による公式スピンオフ
- 終末世界を舞台にした静かな“生”の物語
- 本編と漫画が補完し合う二重構造の世界観
- 単行本は2025年7月7日発売、全12話を収録
- 無料WEB連載でも全話閲覧可能
- 日常描写の裏にある切なさと希望
- “泊まる”という行為に込められた終末の哲学
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