アニメ『9-nine- Ruler’s Crown』香坂 春風の“矛盾”が美しい──声優・山岡ゆりが演じる強さと脆さの境界

誰よりも強く見える人が、誰よりも壊れやすいことがある。アニメ『9-nine- Ruler’s Crown』に登場する香坂 春風（こうさか はるか）は、まさにそんな存在だ。外側の明るさや堂々とした振る舞いの裏で、彼女が抱えているものは、決して軽くはない。2025年7月より放送開始予定の本作では、春風というキャラクターが物語に与える影響も大きい。そして彼女に命を吹き込むのは、声優・山岡ゆり。今回は、香坂 春風というキャラクターの複雑な内面と、山岡ゆりの演技がもたらす“深み”を掘り下げていく。

アニメ『9-nine- Ruler’s Crown』で描かれる香坂 春風の二面性

「明るくて、優しくて、しっかり者」──香坂 春風というキャラクターは、きっと初対面の誰もがそう思うだろう。

けれど、アニメ『9-nine- Ruler’s Crown』の物語が進むにつれて、その印象は少しずつ揺らぎはじめる。彼女の笑顔の裏には、言葉にならない戸惑いがある。誰かを守る強さの中には、守られたいと願う小さな声が隠れている。

春風は、白泉学園の生徒会長という立場にいながら、どこか“普通”であることを選ぼうとする。それは、期待されることに応えようとする強さであると同時に、“自分らしさ”をどこかに置き去りにしてしまう危うさでもある。

表向きは自信に満ちて見える彼女のセリフや態度も、よく見るとその端々に揺れがある。それはまるで、「こんな自分でいなきゃ」と思いながらも、「本当は誰かに甘えたかった」と願ってしまう、そんな二面性のにじみだ。

香坂 春風の“矛盾”は、作られたものではない。きっと私たち誰もが抱えている、“理想の自分”と“本当の自分”のあいだで揺れる感情のリアルなのだ。

声優・山岡ゆりが語る「香坂 春風という“矛盾”のリアル」

「声って、正直なんですよね。強く見せたいときほど、かすれたり震えたりするんです」

そう語るのは、香坂 春風を演じる声優・山岡ゆり。明るく元気な役柄から、冷静な少女まで幅広く演じてきた彼女が、春風というキャラクターに込めたのは、言葉にならない“揺れ”だった。

春風は一見すると“完璧な女の子”に見える。でも、彼女が本当に望んでいるのは「誰にも頼らずに強くなること」ではなく、「頼っても許される安心」かもしれない。山岡は、そんな春風の内面に静かに寄り添いながら、セリフの隙間に心の揺れを丁寧に刻んでいく。

「春風って、いつも“頑張る理由”を自分に言い聞かせてるように思えたんです。それが健気で、でもちょっと苦しくて」

演じる際に心がけたのは、声の中に“矛盾を残すこと”。堂々と話していても、ほんの少しだけ語尾を震わせる。笑っているようで、実は少し息を詰めている。そんな“感情の重なり”を乗せることで、春風のキャラクターに深みが生まれていく。

「彼女の声が届いたとき、『わかる』って思ってもらえたら嬉しいです。たとえ完璧じゃなくても、誰かの支えになれるんだって、春風が教えてくれました」

山岡ゆりの演技は、香坂 春風の“矛盾”を否定せず、そのまま受け止める。だからこそ、その声には、聞いた人の心をそっと抱きしめる力がある。

春風の強さと脆さ──“守られたくない少女”の本音

「私は大丈夫」

香坂 春風は、誰よりもこの言葉を口にしてきた人だと思う。強さとは、“誰かに心配をかけないこと”だと、そう思っていたのかもしれない。

でも本当は──その裏側で、ずっと誰かに甘えたかったのかもしれない。誰かに「もう頑張らなくていいよ」と言ってほしかったのかもしれない。

春風の“強さ”は、周囲に求められた役割を懸命に演じてきた結果だ。リーダーシップ、明るさ、気遣い。どれも本物だけど、それだけじゃ足りない日があることを、春風は知っている。だからこそ、誰かの前で弱さを見せることができない。

彼女の“脆さ”は、きっと自分でも気づかないほど静かに、胸の奥に沈んでいる。その沈黙が崩れる瞬間、彼女はきっと初めて、自分の声で「助けて」と言えるようになるのだろう。

「守られたくない」と強がる少女の本音は、いつだって「守ってもらえる自分になりたい」という祈りに似ている。

香坂 春風というキャラクターは、その矛盾を抱えながらも、懸命に自分の足で立ち続ける。そしてその姿に、私たちはきっと、自分自身の“言えなかった気持ち”を重ねてしまうのだ。

物語の中で浮かび上がる、香坂 春風の“変わりたくなさ”

成長しなきゃいけない。

そんなプレッシャーを、多くのキャラクターが背負っている中で──香坂 春風は、どこか“変わらずにいたい”と願っているように見える。

それは、彼女が臆病だからではない。むしろ、“変わらないこと”の価値を知っているからこそ、今の自分を手放すことに躊躇しているのだ。

春風にとっての日常は、努力のうえにやっと築かれたもの。明るくて、誰からも信頼されて、どこか“安心感を与える存在”であること。それが彼女のアイデンティティだった。でも異能が発現し、世界が歪み始めたとき、その日常が脆くも崩れていく。

そんな中でも、春風は懸命に“以前と同じ自分”であろうとする。その姿には、一種の痛々しさと、同時に崇高さがある。変化に流されるのではなく、自分の輪郭を保とうとする意志。それが彼女の“変わりたくなさ”の根底にある。

けれど物語は、容赦なく変化を迫る。そしてその中で、春風はゆっくりと気づいていく。「変わること」もまた、「誰かを守ること」につながるのだと。

香坂 春風の物語は、“変わらない強さ”と“変わっていく優しさ”のあいだで揺れる。そんな彼女の葛藤は、観る者の心に「自分はどう在りたいのか」という問いを残していく。

まとめ：香坂 春風が教えてくれる、“素直になること”の勇気

香坂 春風というキャラクターは、最初から最後まで“変わらない強さ”を持っている。でもその強さは、ただの頑固さじゃない。人に頼れなかった過去、言いたくても言えなかった本音。そのすべてを受け入れながら、少しずつ、自分を開いていく強さだ。

「素直になる」という言葉は、簡単そうで難しい。特に春風のように“誰かのために”を優先して生きてきた人間にとって、それは“自分の弱さ”と向き合う行為だから。

でも物語の中で、彼女は一歩を踏み出す。頼ることを許し、涙を見せることを怖がらず、誰かの腕の中でようやく「ありがとう」と言えるようになる。その瞬間、春風は“完璧なヒロイン”ではなく、誰よりも人間らしい“私たちの鏡”になる。

彼女の矛盾、揺れ、そして小さな変化は、観ている私たちにもこう問いかけてくる。

――あなたは、誰に素直になれているだろうか？

香坂 春風がくれたもの。それは「強くあろう」とすること以上に、「素直になる勇気」の美しさだった。